2026.03.19
リーガルライティングにおけるプレインイングリッシュの重要性と実践
クリストファー・ラスボーンさま
弁護士、教授、映画プロデューサー
プロフィール
東京のシティユーワ法律事務所で国際取引を専門とする外国法共同事業弁護士。法務翻訳、契約、プレインイングリッシュなどに関する講義やセミナーを日本や海外の大学・法律事務所で行い、実務と文化の両面から指導している。健康擁護の立場から、たばこと人権の問題についても執筆・講演活動を行っている。
はじめに:なぜプレインイングリッシュなのか
私はシティユーワ法律事務所で外国弁護士として勤務しています。2011年からはテンプル大学でリーガルライティングやプレインイングリッシュの書き方を指導しており、LinkedInなどでも関連する記事やコメントを定期的に発信しています。
日々の業務において、私は日本の弁護士と一緒に働いています。しかし、日本の弁護士の間では、プレインイングリッシュという概念はまだ一般的に浸透しているとは言えません。本稿では、私が実務や教育の現場で感じている課題と、世界的な標準となりつつあるプレインイングリッシュの基本原則について述べたいと思います。
英文契約書における日本の弁護士の課題:見出しと読みやすさ
日本の弁護士が書いた英文の契約書や意見書には、共通して見られる問題点があります。その最たるものが、「見出し(Heading / Title)」を積極的に使わないという点です。
私は、第1条、第2条といった大項目のタイトルだけでなく、すべての段落に見出しを入れるのがベストだと考えています。たとえば、秘密保持契約を例にとってみましょう。秘密情報から除外される「例外(Exceptions)」と、特定の関係者への開示が認められる「開示(Permitted Disclosure)」は、明確に区別しなければなりません。それぞれの段落に見出しを入れることで、契約書がより論理的でわかりやすいものになります。さらに、見出しがあれば目次も簡単に作成でき、文書全体がはるかに使いやすくなります。
また、見落としがちなのが、「文書が綺麗に見えること」の重要性です。文字(フォント)が極端に小さく、スペース(余白)がまったくない文書は、一般の人にとっては読みたくないものです。加えて、英文契約書でよく見かける「WHEREAS」のような非常に古い書き方や、文章をすべて大文字で記述する手法も避けるべきです。大文字ばかりの文章は非常に読みにくいため、小文字を適切に用いることで読みやすさは格段に向上します。
11世紀から続く古い慣習からの脱却:二重表現と三重表現(Doublets and Triplets)
英文ドラフティングや翻訳において非常に厄介なのが、同じ意味の単語を重ねて使う「二重表現(Doublets)」や「三重表現(Triplets)」です。代表的な例として、次のような表現が挙げられます。
・due and payable
・assign and transfer
実は「due」と「payable」はまったく同じ意味です。なぜこのような表現が生まれたのかというと、11世紀から13世紀のノルマン朝時代のイングランドにおいて、支配層のフランス語と現地の英語を並べて記載していたという説があります。しかし、今は11世紀ではありません。このような同じような言葉を続けることには、現代においてまったく意味がないのです。しかも、日本語にはこのような習慣がないため、翻訳者にとっても非常に難しくなる原因となっています。可能な限り、一つの言葉にまとめるべきです。
プレインイングリッシュの基本原則
私がプレインイングリッシュの基本としてお伝えしているルールは、次のとおりです。
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不要な言葉を省く
プレインイングリッシュの一番大きな基本は、「Exclude unnecessary words(不要な言葉を省く)」ことです。逆に言えば、「Make every word count(すべての言葉に意味を持たせる)」ということになります。 -
受動態を避ける(Avoid passive voice)
受動態で書くと、必然的に言葉の数が増えてしまいます。能動態を使用する方が、言葉数が少なくなり、ダイレクトに伝わります。 -
複雑な法律専門用語やお役所言葉を避ける(Avoid legalese and officialese)
難解な法律用語(Legalese)や、お役所言葉(Officialese)は避けるべきです。
・Legalese(法律専門用語)の改善例
inter se → among themselvesに言い換えます。滅多に使わないラテン語は避けるべきです。
duly signed → signedだけで十分です。「duly」は不要です。
in the event that → シンプルにifを使います。
said → 単にtheに置き換えます。
その他、the present caseやthe instant caseといった表現も不要です。
このLegaleseの不自然さを説明するために、私はよくコーヒーの例を使います。職場の仲間とコーヒーを買いに行き、自分がおごりたいときに、「The price of the coffee shall be borne by me.(コーヒーの価格は私が負担するものとする)」などと言う人がいるでしょうか?日常でそのような話し方をしないように、契約書であっても不自然な法律言葉は避けるべきなのです。
・Officialese(お役所言葉)の改善例
アカデミックな響きがある、次のような言葉も、シンプルな英語に言い換えるべきです。
reside → live
remuneration → pay
utilize → use
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過剰な細部の記述を避ける(Overparticularization)
「On February 12th, 1995, at or about 3 PM(1995年2月12日午後3時頃)」のように、まったく必要のない細かな日時まで書き連ねることは、法律のルールを提供する上で何の理由もありません。
ロースクールの課題と、法曹界に根強く残る「誤解」
プレインイングリッシュの概念は100年以上前から提唱されており、誰もが賛成するのが当たり前のように思えます。しかし、実際には導入に反対する、あるいは採用しない弁護士が多数います。
その背景には教育の課題があります。北米のロースクールでさえ、法律文書の具体的な書き方や「何が標準か」をほとんど教えていません。単に「Don’t use the passive voice(受動態を使わない)」といった禁止事項を教え込まれるだけで、「なぜ受動態がいけないのか」という理由はまったく説明されないのです。
私は2年前にようやく、サイモンフレーザー大学でジュリー・クレメント氏(Clarity会長 / ミシガン州最高裁判所 副書記官)のような専門家が教えるプレインイングリッシュのコースを受講する機会を得ました。また、弁護士は非常に保守的な職業であるため、「今までずっと使ってきた言葉だから」という理由で、新しい書き方に反対する人も多いのです。
そして、最大の誤解は、「プレインイングリッシュ=小学生でもわかる簡単な言葉(Simple English)」という勘違いです。プレインイングリッシュは、決して稚拙な言葉を使うことではありません。意味を変えることなく、一般の人にもわかる言葉があればそれを使う、という取り組みなのです。
多くの弁護士は、難解なLegaleseで書く方が「知的で洗練されている(sophisticated)」に見えると思い込んでいます。しかし、事実は逆です。難解な法律用語を並べるだけのLegaleseは、慣れてしまえば簡単に書くことができます。本当に洗練されていて難易度が高いのは、複雑な事柄を頭の中でしっかりと整理し、一般の人にもわかる「クリアでわかりやすい英語」で表現することなのです。
実際、ジョー・キンブル氏(ウェスタンミシガン大学 名誉教授)らの研究によれば、裁判官への提出文書において、難解なLegaleseで書かれた文書よりもプレインイングリッシュで書かれた文書の方が好まれ、逆にLegaleseで書いた人は「レベルの低いロースクール出身だ」とネガティブに評価される傾向があることがわかっています。
古い慣習の打破と推奨されるスタイル
おすすめの書籍としてぜひご紹介したいのが、ケネス・A・アダムス氏の著書『A Manual of Style for Contract Drafting』です。この本では、法律文書の無意味な慣習を打ち破るアプローチが解説されています。
たとえば、19世紀までの法律文書は「In the name of God Amen」や「Know all men by these present」といった言葉で始まっていました。これは「神様に従わなければ地獄に落ちる」という当時の考え方から来ており、法的意味はまったくないのに惰性で続けられていたのです。
現代の契約書で見られる次のような表現も、同様に排除すべきだと彼は説いています。
・absolutelyやwhatsoever:契約書は客観的なものであり、誰かを主観的に納得させたり討論したりするものではありません。そのため、「絶対に(absolutely)」や「いかなる~も(whatsoever = any)」といった強調表現はまったく必要ありません。
・shallの正しい扱い:shallをすべて削除するのではなく、「~する義務がある(obligation)」ことを示す場合にのみ限定してshallを使用するという現実的なアプローチです。
また、アダムス氏はプレインイングリッシュに対する弁護士の偏見を避けるため、あえて「Standard English(標準英語)」と呼んでいます。「標準的な英語」と定義してしまえば、誰も真っ向から反対できなくなるという、非常に賢いアプローチなのです。
おわりに:日本におけるプレインランゲージと「正義」
私は、日本においてプレインランゲージの導入が非常に必要であると信じています。その理由は第1に、無駄な表現を使わないことでコミュニケーションが効率的になり、限られた資源を有効に活用できるからです。
そして第2の、最も重要な理由は、私たちの仕事の根本にある「正義」と「自由」に関わるからです。法律文書が非効率で、一般の市民にとって理解できないものであれば、市民は「何が正義なのか」を正しく理解することができません。内容が理解できなければ、正義を求めることも不可能です。
一般の人が理解できないということは、非常に悲しいことです。プレインランゲージの普及は、単なる文章のテクニックではなく、一般市民の司法へのアクセスと正義の実現に直結する、極めて重要な使命なのです。
