2020.05.18

法律用語をきっかけに 世界中の言語の平易化・標準化が進行中

Kyal Hill(カイル・ヒル)さま
(Clarity日本代表、弁護士(オーストラリア、ニューサウスウェールズ州))

オーストラリアのクイーンズランド大学で日本語通訳・翻訳で修士号(MAJIT)を取得後、法律翻訳を専門に翻訳者として活躍。弁護士資格を取得後は東京の大手国際法律事務所の東京オフィスで技術開発や企業合併・買収等の契約書(英文・和文)の作成、精査、交渉に従事。法律分野でのプレインランゲージを推進する国際的な団体Clarityの日本代表としても普及活動に取り組む。

Kyal Hill(カイル・ヒル)さま<br>(Clarity日本代表、弁護士(オーストラリア、ニューサウスウェールズ州))

法律用語もプレインに
特に昔からの法律用語を意味する「legalese」が「お役所的、規則一点張り」という意味で使われるように、法律英語は文章も長く、古い用語が多いためわかりづらいことで知られています。1980年代に入り、こうした法律英語では書く側にも読む側にも負担が大きすぎると問題意識を抱いたイギリスの弁護士や判事が中心となって「Clarity(クラリティ)」が設立され、「明確で効果的な法言語(plain legal language)」の普及活動が本格的に始まりました。現在は50カ国、650人のメンバーを擁する団体に発展し、世界各地で2 年に一度国際会議を開催する他、機関誌The Clarity Journalを年に2回発行しています。

イギリスでは1990 年代後半から国を挙げて法律用語の平易化が進められ、plaintiff(原告)はclaimantに、writ(訴状)はclaim formに置き換えられました。日本でも、1999年にスタートした司法制度改革の一環で法令の外国語訳の整備が始められています。たとえば最新の「法令翻訳の手引き(2018年6月改訂)」にもプレインイングリッシュへの対応が盛り込まれ、「当該」をsaidやsuchと訳すのは避け、that・the・referenced・relevant のうち文脈にふさわしい訳語を選択するよう推奨しています。

標準化がもたらす Win-Win効果
2007 年頃からプレインイングリッシュの統一規格作成の動きが出始め、Clarityを含む3つのプレインイングリッシュの普及団体により「IPLF(International Plain Language Federation)」が結成されました。「重要なのは、文章を書く人ではなく、文章を読む人」という共通命題のもと、さまざまな分野の専門家が規格案の作成に携わり、カナダのオタワで開催されたISO/TC37(専門用語、言語、内容の情報資源)の国際会議に提案が出され、2019年9月に採択されました。

Clarity の元会長である法学者Joseph Kimbleの著書Writing for Dollars,
Writing to Please
が示すように、plain legal Englishは書く側にも読む側にも
メリットをもたらします。保険会社なら、契約書や通知書をわかりやすく書くことで、顧客の満足度が向上して契約に結びつくチャンスが増える一方で、問い合わせやクレームが減少するというWin-Win効果が考えられます。

言語の平易化は、一時的なブームや英語だけにとどまるものではありません。今後は間違いなく社会全体に及んでいくものです。日本は、言語の平易化・標準化に対する認知度がまだ低く、世界にやや遅れをとっている感があります。逆に考えれば、いち早く実践することが、自社のブランディングやビジネスチャンスの拡大につながるのではないでしょうか。

出典:『伝わる短い英語』著:浅井満知子 東洋経済新報社