2020.08.31

コミュニケーションの秘訣は相手の立場にたって話すこと

大河原眞美さま
(高崎経済大学名誉教授、法と言語学会長、群馬県労働委員会公益委員、前橋家庭裁判所調停委員・参与員)

アメリカのアーミッシュのドイツ語と英語の言語使用調査をしているうちに、アーミッシュの馬車裁判に遭遇し、裁判所で関連文書を閲覧し英語の司法言語に関心を持つようになった。日本の裁判員制度導入を契機に日本語の法律用語の研究を始めた。2015年に前橋家庭裁判所長賞、2020年には群馬県総合表彰(労働行政)を受賞している。著書は『裁判おもしろことば学』(大修館書店)、『法廷の中のアーミッシュ』(明石書店)など多数。

大河原眞美さま<br>(高崎経済大学名誉教授、法と言語学会長、群馬県労働委員会公益委員、前橋家庭裁判所調停委員・参与員)

知る人ぞ知る逸話ですが、アメリカのある弁護士事務所での一場面を紹介します。ジョーンズさんは、自分がかかわっている事件について、正式な手続きに則って相手方の弁護士に呼ばれて証言することになりました。

Q: Mrs. Jones, is your appearance this morning pursuant to a deposition notice which I sent your attorney?
A. No, this is how I dress when I got to work.

Q(弁護士):ジョーンズさん、今朝のあなたのappearanceは、私があなたの弁護士に送付した通知書に従ったのですよね。
A(ジョーンズ):いいえ、これは、私が仕事に行くときのappearanceです。

一見成立している会話のように見えますが、実は成立していません。その原因は、appearanceの解釈の違いです。英語のappearanceは、日常語では「服装などの外見」を指しますが、司法の場面で使われれば「出頭」や「出廷」など「出向くこと」という意味になります。ジョーンズさんは、この言い回しがわからず、事務所への出頭について尋ねられた質問を、自分の服装について尋ねられたものと誤解してしまったのです。このように、法律用語の意味が日常語と異なるケースは、英語だけでなく日本語にもあります。

例えば、日本語の法律用語に「天然果実」と「法定果実」ということばがあります。「天然果実」は、くだものだけでなく、森林から伐採した材木、乳牛から絞った牛乳、鉱山で採掘した石炭など、自然界(天然)からの産出物すべてが当てはまります。竹林を売ったが、その直後に出てきたタケノコは売主のものか買主のかという時に使われます。一方、「法定果実」は日常語でありませんが、自然の物ではなく、使用の対価として受ける地代や家賃、利息のことを言います。人に貸している家を売った時、毎月の家賃はいつから買主のものになるかという時に使われます。何の説明もなく一般市民が「天然果実」と聞けば、リンゴジュースのような果汁100%のジュースを思い浮かべてしまいますよね。

「ことば」を使って、私達は具体的な物や抽象的な概念などを示すことができます。「ことば」は、人間社会にとって大変重要で本質的なツールです。人間の生活が複雑化した現代において、「ことば」の細分化が加速化し、業界特有の使い方に満ち溢れています。業界が異なる人と話す時は、その相手が自分の業界についてどの程度まで知っているのかを考えて、相手の知識を前提にして自分の「ことば」を修正していく必要があります。自分の業界言語の平易化が自ずと行われることになります。相手に自分の意図がうまく伝われば、自分の目的も達成されやすくなり、めでたしめでたしです。