「話すとき」こそプレインランゲージ

20年あまりアナウンサーとして奉職したNHKを退職したのが2016年。その後は主に企業向けのスピーチコンサルタントの仕事をしてきました。社長のスピーチ、ビジネスパーソンのプレゼンテーションなど多くの「話す」案件について考えてきましたが、「話す」ときほど必要なのが、プレインランゲージの考え方だと言うことを痛感しています。今回はそんなお話をしますね。

新型コロナウイルスが猛威をふるっていた頃、総理大臣の記者会見が頻繁に行われていたことを覚えている方も多いと思います。ここに2021年8月17日に行われた「新型コロナウイルス感染症に関する菅内閣総理大臣記者会見」の一部をご紹介します。

先ほど新型コロナ対策本部を開催し、茨城県、栃木県、群馬県、静岡県、京都府、兵庫県、福岡県に緊急事態宣言を発出するとともに、宮城県、富山県、山梨県、岐阜県、三重県、岡山県、広島県、香川県、愛媛県、鹿児島県にまん延防止等重点措置を適用し、期間は、それぞれ8月20日から9月12日までとすることを決定いたしました。

読んでみてどう感じましたか?文が長い印象はあったかも知れませんが、「楽に読めない」という文ではなかったと思います。しかし、この原稿、当時の菅総理が声に出して話したのを聞くと、聞いていて非常にストレスを感じるものだったのです。音声表現が問題だったのではありません。文章そのものが聞いていてわかりにくいものだったのです。

「先ほど新型コロナ対策本部を開催し、」まではよいのです。問題はそのあと。「茨城県、栃木県、群馬県、…」と言う文言が耳から聞こえてきたとき聞き手はこう思ったはずです。「え?急に県名を並べ立てているけど、一体なにが始まったんだ?」と。しばらく聞いていると、「~県に緊急事態宣言を発出するとともに、」という言葉が聞こえて、「あぁ、緊急事態宣言が出たんだ」とようやく理解できる。すると、また「宮城県、富山県、山梨県、岐阜県、…」とまた県名の羅列。「今度はなにが始まったんだ?」と思っても、さっきよりも県名の羅列は長くなっている。イライラしてきたところでようやく「~県にまん延防止等重点措置を…」と聞こえてくる。

いかがでしょうか。これが話しことば、音声表現のこわいところです。「何を話しているかわからない状態が長く続く」と、聞き手は不安やストレスを感じるものなのです。

では同じ文章を「自分で読んでいる」ときは、なぜそうならなかったのか。それは、県名がずっと続いているのが見えたら、その先をすっと飛ばして「○○県に何があったのか」を読み手が自由に読みに行けることで、イライラをため込む時間が少なくてすむからです。

しかし「聞いているとき」はそうはいきません。聞き手が話すのを、ただ受け身で聞いているしかないのです。

同じ文章が、プレインランゲージの要件である「結論を先に」「文を短く」「主語と述語を近い位置に置く」ことを意識するとこうなります。

先ほど新型コロナ対策本部を開催しました。その結果、7つの府と県に緊急事態宣言、10の県にまん延防止等重点措置を適用することを決めました。
緊急事態宣言を新たに出したのは、以下の7府県です。茨城県、栃木県、群馬県、静岡県、京都府、兵庫県、福岡県。以上の7府県。まん延防止等重点措置を出したのは、10の県。宮城県、富山県、山梨県、岐阜県、三重県、岡山県、広島県、香川県、愛媛県、鹿児島県です。

いかがでしょうか。耳で聞いてわかりやすくなっていますよね。実は、プレインランゲージの要件は、テレビやラジオのニュースの文章や、アナウンサーの中継リポートなどで代々培われてきた表現法と同じなのです。

プレインランゲージの例文を見たいと思ったら、放送の中で使われている文章を参考になさることをオススメします。

松本和也
(株式会社マツモトメソッド代表取締役 元NHKアナウンサー)

『勇者の言葉』の普及をめざして

昨日、FinCity.Tokyoのイベント「英文IR人材育成講座(ハイブリット開催/1000名)」に登壇し、プレインランゲージについてお話しさせていただいた。

プレインランゲージとの出会い、世界に広がるISOプレインランゲージ、そしてその効果。最後に代表的なガイドラインをかいつまんで解説した。

会場の東証ホールには参加者が150人ほどいらっしゃった。身を乗り出して投影画面を見入ってくださる方も。その熱心さに圧倒された。

初めてプレインランゲージでの翻訳依頼を引き受けて以降、それまで見慣れていた靄(もや)のかかった英文が、以降、翻訳者からアップされる英文はすっきり明確で、納品前チェックの苦痛さが軽減されたのに驚いた。翻訳後のバイリンガルチェックをする校正家からも、「プレインランゲージでの仕事なら、もっと手伝いたいので、なるべく自分に回してほしい」という要望も届くほどだった。

その効果と反響に、私は調子に乗ってある電子機器メーカーに新規営業へ出向き、「弊社の強みは冗長な日本語を簡潔な英文、プレインイングリッシュで翻訳することです。」と売り込むと、その会社の翻訳部隊の長老の方に「翻訳をなめている!」と、こっぴどく叱られ、出禁を食らった。オフィスに戻り、アメリカ人翻訳者にそのことを話すと、「彼ら流の英語で満足しているなら、それでいいじゃない」とたしなめられた。

あきらめの悪い私は、懲りずにグローバル展開している企業の英文開示担当の財務部(当時はIR部というのは無く財務の方が開示担当をされていた)の方を訪ね、「アメリカ証券取引委員会規定の英文開示ガイドに従った明確な英文での翻訳ができます」と売り込むと、はたまたオジサマ二人にこっぴどく説教され、恐れおののきオフィスに逃げ帰った。

昨日、東証へ向かう道すがら、そうした18年前の光景が脳裏に浮かび、これまで何度も打ちのめされながらも、よくここまでこぎ着けたものだと、自分ながらに感心した。

ゴールには未だ遠い道のりだが、世界の中で輝く『日本』、そして『日本人』であるために、『勇者の言葉』(毅然と自身の意見を述べることを鼓舞する意味で、名づけたプレインランゲージの別称)の普及活動は続く。

浅井満知子
(JAPL代表理事)
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