国際標準化ワークショップで感じたプレインランゲージの必要性

万博会場で実施された国際標準化フォーラムで、パネル2「ウェルビーイングと標準化」のモデレータを務めた。

パネリストは上の図に示す各分野での国際標準化の動向について説明した。健康・安全とウェルビーイングに関わる標準化のきっかけは職場での健康安全(Occupational health and safety management)である。メンタルヘルスに関わる標準も含め今では世界各国で利用されている。

しかし、職場に所属しない人々も大勢いる。子供たち、商店主、農業従事者や高齢者など。それらの人々も含め、地域と組織でのウェルビーイングマネジメントの共通原理を示す国際標準(Wellbeing management in organizations and communities)が誕生した。また、急速に発展しているデジタル(Digital Technologies)は、スマートウォッチでの心拍数測定のように、ウェルビーイングを高めるのに利用できる。

忘れてならないのは、ウェルビーイングを高めるサービスや製品が対象者に使いやすいこと。障害を持つ人々などが排除されないこと(Usability and accessibility)。一方で、よく理解できないままに高額のサービスや製品を購入してしまう消費者もいる。サービス提供者に消費者の脆弱性に対応するように求める国際標準(Vulnerable Consumers)も誕生している。

これらの国際標準が実際にどのように利用されているか、モデレータとして質問した。五人のパネリストは実例を紹介したが、普及への努力がもっと必要なことも明らかになった。フォーラムに参加していたISO会長、IEC会長にも意見を求めたが、関連組織(政府や企業、NPOなど)を巻き込んだワークショップを開催するなど、一層の普及努力が必要という意見だった。そこで下の図を示して、パネルの結論「Let ISO and IEC facilitate promotion activities(ISOとIECによる普及活動をもっと活発にしよう)」とした。

パネルを通じて、プレインランゲージの必要性に気づかされた。「TC 12のSC 3で開発されたIS 45678」というようにむやみに番号を話すパネリストもいた。12番目の技術委員会(TC)の3番目の下部組織(分科委員会、SC)で開発された45678という番号が振られた国際標準(IS)という意味だが、番号だけでは聴衆には理解できない。

聴衆が標準化関係者に限られる内部調整の会議であればよいのだが、このフォーラムは広く一般の方々に国際標準化の動向と価値を訴えるものであった。だからこそ、聴衆に理解できるように話をする必要があった。番号だらけのパネリストをどう補ったらよいか。これを考えながらモデレータの役割を果たさなければならなかった。

プレインランゲージについても普及活動が求められると痛感した。

山田 肇
(特定非営利活動法人情報通信政策フォーラム理事長/工学博士/東洋大学名誉教授 /JAPL理事)

知的財産部の方々とプレインランゲージについて話をしました

軽電子機器協議会にお招きいただき、各社の知的財産部の方々とプレインランゲージについて話した。

学校教育で「特許は独占権」と教えられているが、知的財産部の方々が気づいている通り、特許は知的財産権に関わる交渉を有利に導く道具に過ぎない。独占権という誤解を突いて新規株式上場(IPO)の際に「強力な自社特許」をうたうベンチャー企業があるが、これは投資家に過剰な期待を抱かせる恐れがある。

そんな話をしたうえで、僕はプレインランゲージ国際標準を紹介した。投資家を含め一般読者に対するコミュニケーションは「読者は必要な情報を入手できる」「読者は必要な情報を簡単に見つけられる」「読者は見つけた情報を簡単に理解できる」「読者はその情報を使いやすい」という四原則に沿う必要がある。プレインランゲージ国際標準はこれら四原則の詳細を提示する。

これに対して、「一般読者どころではなく、社内の研究者とコミュニケーションをとる際にも、プレインランゲージが必要だ」という反応が知的財産部の方々から返ってきた。確かにそうだ。「クレーム」は「苦情」ではなく「特許請求の範囲」の意味である。突然、「クレームを見直してほしい」と言ったら、研究者は戸惑うだろう。

科学技術に関する情報を広く国民に向けて提供する科学コミュニケーションでは、情報は倫理的に提示しなければならない。一方的な立場や解釈を立つことなく、データはフェアに、バイアスなく提示する必要がある。例えば、ワクチンについて話すなら、効果と共に副作用についても公正に伝えるのがよい。

主要国首脳会議(G7)科学技術担当大臣会合(仙台、2023年)で、科学コミュニケーションについてワーキンググループ(WG)を設置することになった。ワクチンやAIについて正確な情報が国民に伝わらないという課題にG7各国が懸念し、WGが設置されたのだ。どのようなテーマをどのように伝えるかを検討するのがWGであって、一方、情報提供の手法はISOのプレインランゲージ標準化グループで国際標準化が進んでいる。両者が連動することで、科学コミュニケーションは改善されていく。先に触れた「情報は倫理的に提示する」は現在検討中の国際標準案にある一文である。

広く国民に向けた科学コミュニケーションについても、知的財産部の方々に理解していただいた有意義な会合となった。

山田 肇
(特定非営利活動法人情報通信政策フォーラム理事長/工学博士/東洋大学名誉教授 /JAPL理事)
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